今さらながらDVDレンタルでドラゴンボールを借りて観たんだけどやっぱり面白いよね。
ただ個人的にはべジータとの対戦までが好きなのですが、、、、
今日はそんなドラゴンボールについて解説します!
『ドラゴンボール』 (Dragon Ball) は鳥山明によるバトル漫画作品とこれを原作とするアニメ作品のシリーズ、及びこれらの作中に登場する架空の道具の名称。
本作は、『週刊少年ジャンプ』(集英社)にて1984年51号から1995年25号までの間、全519話が連載された。タイトルの正式表記は『DRAGON BALL』。 各話数はそれぞれ「其之○○」という通し番号になっており、数字は漢数字で表される。
単行本は集英社より全42巻、大きなサイズでカラーページと追加描き下ろしが収録された完全版全34巻が発行されている。
七つ集めるとどんな願いでも叶う玉・ドラゴンボールを軸に、ライバルや凶悪な敵との闘いを通して、主人公孫悟空とその仲間や家族の成長を描く冒険バトル漫画で、孫悟空の少年時代から最終回までに35年以上の歳月が流れる。
初期は冒険要素が強いが、後期になればなるほどバトル漫画としての色合いが濃くなるという傾向がみられる。⇒個人的には冒険要素が強い頃のドラゴンボールが好きです。
■ストーリー
七つ集めれば、どんな願いでも一つだけ叶えてくれる「神龍(シェンロン)」を呼び出すことができる、ドラゴンボール。それに関わる様々な冒険物語で、人里はなれた山奥に住む尻尾の生えた少年・孫悟空がドラゴンボールを求めて西の都から来た少女・ブルマと出会うところから物語は始まる。 やがて亀仙人の下で修行し、天下一武道会やレッドリボン軍、ピッコロ大魔王等との闘いを通じて たくましく成長した悟空は、兄ラディッツにより、自分が戦闘民族サイヤ人であることを知る。 その後サイヤ人の王子ベジータと死闘を繰り広げ、永遠のライバルとなる。 さらにサイヤ人をも支配する宇宙の帝王フリーザとナメック星で激突、伝説の超サイヤ人に目覚める。 地球帰還後、未来から来た少年トランクスから貰った薬で命拾いした悟空は息子孫悟飯たちと共に人造人間セルと闘う。 その後成長した孫悟飯は平和な学園生活の最中、宇宙最強最悪の生命体魔人ブウとの宇宙存亡をかけた闘いに巻き込まれていく。
少年期は「秘宝を求めて旅する」という冒険の要素が強かった。 青年期以降になると、冒険漫画の枠にとらわれず、格闘の要素が前面に押し出されて、物語の中核であるドラゴンボールは、蘇生などの道具として扱われるようになった。セル編以降も個性的なキャラを多数輩出し、多くの読者を魅了しつづけた。
では連載開始までの経緯を説明します!
『ドラゴンボール』は連載が始まるまでに様々な紆余曲折があった。当時連載中であった『Dr.スランプ』のアイディアが尽きかけていた鳥山は連載を終わらせたがっていたが、読者アンケートが良好であったため終了しにくかった。また、女のアラレを主人公にしていたのは担当編集者の鳥嶋和彦の強い要望であり、鳥山は男が主人公の物語を描きたかった。「すぐに次の連載を始めること」という編集部の条件の下、『Dr.スランプ』の連載を終えた鳥山は、以前に描いた二つの読み切り作品「騎竜少年(ドラゴンボーイ)」(「フレッシュジャンプ」1983年8月号・10月号)と『トンプー大冒険』(「週刊少年ジャンプ」1983年52号)が好評だったことを受け、次の連載はこの2つの作品の世界観を更に膨らませたものにしようと考えた。そうして生まれたのが、『ドラゴンボール』である。実際、『騎竜少年』と『トンプー大冒険』には初期の『ドラゴンボール』の雰囲気が色濃く感じられ、その原型とも言える作品である(二つとも『鳥山明○作劇場 VOL.2』に収録)。
当初は鳥山版『西遊記』を目指しストーリーを進めようとしていたため、初期稿では孫悟空は猿の姿をしていた。しかし、第二、第三稿と変更を加えるうちにそれほど西遊記にこだわる必要はないと思い直し、最終的には孫悟空の名前やしっぽ、いくつかのエピソードのみにその名残を留めた。
以外と知らない人も多いのではないでしょうか。
つぎに連載終了までの経緯を説明します。
連載開始前からアニメ化が内定、5週連続カラーという大々的な扱いで始まった本作だが、先の展開が読めないギャグ路線は、人気が芳しいものではなかった。担当の鳥嶋に「主人公が地味だ。だから人気がないんだ」と指摘された鳥山は、以後「強さを追い求める主人公」というテーマを作品に持たせることになる。その発想から天下一武道会が始まり、主人公孫悟空のキャラクターも確立され、人気も急激に上昇する。
鳥山自身は、当初マジュニアとの決着をつけたところで物語の終了を考えていた(連載終了後のインタビューでは、「ピッコロ大魔王編が描いていて一番楽しかった」とも言っている)。実際、第23回天下一武道会編は、悟空の成長、成長したチチの参戦と結婚、天津飯との決着等それまでの総決算的内容が多かった。しかし、当時すでにアンケートで不動の1位であった『ドラゴンボール』の終了を編集部がそう簡単に認めるわけもなかった。そのため、鳥山は当初の予定を変更しフリーザとの戦いで最後にする事にした。これにより、悟空の出自などが描かれることとなった。
だが、フリーザ編に突入する頃には、既に『ドラゴンボール』の人気および経済効果はそれ単体で一大産業と呼ばれるまでに拡大し、鳥山や編集部の意向だけでは本作の連載の有無をコントロールすることが不可能なほどの巨大作品になっていった。集英社にしてみても、自身は言うに及ばず、この作品に関連したビジネスを行っている企業の業績や株価へ与える影響を考えた場合、もはや鳥山の意向も二の次にして、とにかく物語を連載させ続けなければならない、終わらせてはならないという状態であった。本作の終了については、鳥山の強い要望によるものであったとはいえ、最終的には関係各社のトップ級会議などの調整や各社の上層部による経営判断すらをも必要とし、関連企業の業績への影響を最小限に抑えるべく様々な配慮を行い、その上でようやく連載を完結終了させるという、日本漫画史上でもある意味前代未聞の事態となった。
こうした背景もあって、結局『ドラゴンボール』は約10年間に渡る長期連載となった。最終回はまだ新たな展開を思わせる形で終わっているが、最終ページで鳥山本人が完結の経緯を説明するなどした。
1995年を境に「週刊少年ジャンプ」の発行部数が縮小傾向になった原因については諸説あるが、同誌関係者によるとその主たる原因は『ドラゴンボール』の終了であったという。 (「週刊少年ジャンプ」も参照のこと)。
私が海外に行ったとき様々の国の人とであったが皆ドラゴンボールをしっていた事に驚いた覚えがあります。
本当にすごい作品ですね。